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『古事記』は地球問題の解答書
第3章/『古事記』の「唯神一元論」の世界観を理解する

 平成30年・皇紀2678年12月12日
 うらしま たろう

第3章

『古事記』の「唯神一元論」の
世界観を理解する



も く じ

1節
「木はその結ぶ実によって分かる」という
「客観的傍証」はどのように成立するかか

1)

客観的に観察できるものは実在していない

2)

「実在するもの」をどのように客観的に認識・理解するか

3)

「実在するもの」は客観的には認識(証明)し得ない

4)

「直感的把握」と「客観的傍証」

5)

「学説や思想を生活や社会に応用した時の結果証明」によって、
その正誤を見極める事ができる

6)

歴史も人間生活も「客観的傍証」を得るためと言える

2節

「生命的創造(選択)決定」が主≠ナあり、
「因果の法則」は従

1)

「客観的傍証」の大前提は「因果の法則」

2)

「原因」は「非客観的存在」から来る

3)

「原因」は「今≠フ一瞬」に生じている「実体」

4)

「非客観的原因」は、「因果の法則」に支配されないので「予測不能」

5)

「予測不能」の要素が「生命活動」の最大の特徴

6)

「因果の法則」によって「生命的選択(意志・創造)」が生じたのではない

7)

「航空力学の諸法則」が「航空機を作った」のではない

8)

「生命的選択(意志・創造)決定」が主≠ナあり、
「因果の法則」等の「法則類」は従

9)

人間等生命体が「法則類」に翻弄されたと見えても、
それを選択したのは生命体自身の「主体性」である

10)

「人間の意志決定」が「法則類」を利用しながら、「文化・文明」が築き上げた

11)

「非客観的存在」を「因果の法則」の世界で客観化する事により、
「主体」が「客観的傍証」で確認している

3節

「今の一瞬」が「実在」の根拠である

1)

「実在するもの」の本質は、「今の一瞬」に存在し得るものである

2)

「主体」は実在しているが、「客体」は実在していないのだろうか?

3)

「客体」は「過去のある時点における今の一瞬=vにおいて「実在している」

4)

「主体」が「客体」を観察した「今の一瞬」においては、
「客体」は存在せず、「主体」は存在している

5)

「今の一瞬の元の実在=vの世界なるものが、「生命・心」の世界

6)

「主体しか無い」「客体(物質)は無い」は、
『古事記』の「唯神一元論」と一致する

4節

「時間空間の世界」は「鏡の世界」のようなもので、実在しない

1)

「肉体」も実在しない/「観察し得ざる生命的存在」は実在する

2)

時間空間自体が本来無い

3)

「鏡」に写っている「虚像」は実在しない

4)

「時間空間」自体も「本物(実在)の世界」ではない

5節

「今の一瞬一瞬の創造の連続」が、
「物質世界の連続性のイメージ」を作っている

1)

何者か≠フ創造活動が一瞬でも停止すれば、
一切は消滅し「時間空間の座標」も消滅する

2)

連続的観測の事実は、不断の創造がある証拠

3)

液晶画面の動画は、無数のドットの連続的点滅に過ぎない

4)

「テレビの連続的映像情報」を主体が解読して認識している

5)

主体たる人間は「存在していないもの(無いもの)」を観察している
 

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