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『古事記』は地球問題の解答書
第2章/『古事記』の「唯神一元論」を科学的に証明する
6節/「時間空間」は、「過去」を計測(認識)するための道具である

 平成30年・皇紀2678年11月8日
 うらしま たろう

 

6節 

「時間空間」は、
「過去」を計測(認識)するための道具である

 


1)現代科学が存在を認めている「現象世界(物質世界、時間空間の世界)」

 「生命・心・想念の世界」に対立する概念が、「時間の継続」や「物質の存在」や「時間空間の存在」という概念と考えられます。これらの概念は、客観的に事物を観察することのできる世界であり、ここでは「現象世界(物質世界、時間空間の世界)」と呼んでおく事にします。現代科学が見つめているのは、この「現象世界(物質世界、時間空間の世界)」であります。従って、現代科学では観察不可能な「生命・心・想念の世界」には言及できないでいます。ここでは、現代科学の抱える多くの矛盾を知ることによって、「時間の継続」や「物質の存在」や「時間空間の存在」の概念の縛りから解放させ、「生命・心・想念の世界」に迫ってみたいと思います。

 

2)「物質が有る」という概念から始まっている現代科学

 「物質有り」の「唯物論の観点」は、「物質が存在している」ということを大前提にしています。実は「物質が有る」という概念は、「時間と空間」が無ければ成立し得ない概念です。

 

3)「離れなければ」客観的に観察できない

 「物質が存在する」という風に認識する為には、「客観的に観察する」必要があります。「客観的に観察する」為には、どうしても自己(主体)を中心とした「自他分離の時間空間」という座標軸上で、「対象となる物質(客体)」なるものを観察しなければなりません。それは、観察する「自分(主体)」と、観察される「物質(客体)」とが、「離れた状態」にあるということを意味しています。「離れなければ」客観的に観察できないのです。

 

4)「時間空間」は「過去」を計測(認識)するための道具(物差し)である

 この「時間空間の概念」は、「過去」を作り出します。「時間空間」上の全ての存在は、「物質」として客観的に認識することができるのですが、それは「過去」として認識する事を意味しています。「時間空間」は、「過去」を計測(認識)するための道具(物差し)であると言い得るのです。その証明を次に行います。

 

5)今見えているシリウスの光は、8.6年前のシリウスの「過去」を見ている

 一番端的な例を示せば、宇宙の恒星の存在です。地球から見える恒星で、最も明るい星はシリウスで、シリウスは地球から8.6光年離れた星であり、シリウスで発した光が地球に到達するまでに、8.6年時間がかかる、ということを意味しています。つまり、8.6年前にシリウスが発した「光」を、今地球上で観察しているということになります。今見えているシリウスの光は、シリウスの8.6年前の「過去」を見ていることになります。

 

6)「現象世界(物質世界、時間空間の世界)」で観察し得る「客観的存在(物質)」の全てが「過去」

 シリウスの観察例で解る通り、一事が万事、「時間空間」上に存在する物質は、一切が「過去の状態を観察している」と言える事が分ります。例え、手で触れ得る間近の物体であっても、僅かであっても「距離」があるという事は、「過去を観察している」ということを意味しているのです。つまり、「現象世界(物質世界、時間空間の世界)」で観察し得る「客観的存在(物質)」の全てが、「過去」だという結論になるのです。

 

7)「観察する」ためには、「過去」をわざわざ作る必要がある

 「過去」しか、客観的に「観察する」ことは不可能なのです。別の言い方をすれば、「観察する」ためには、「過去」をわざわざ作らなければ観察できない、とも言い得る事ができます。「存在」を客観的に認識するためには、「時間空間の概念」の中で、「存在」を「物質(時間空間的広がり=過去)」として捉える必要があるという事です。客観的存在である「物質(存在)」とは、すなわち「過去」なのです。

 

8)「過去」を「物質」として認識している

 ここで一つの結論を見出す事が出来ます。客観世界(時間空間の世界)に存在する「物質」は、遠い近いに関わらず、全て「過去」であると言う事です。即ち『「物質」は「過去」である』という結論に到ります。言葉を変えれば、吾々は『「過去」を「物質」として認識している』と考えられるのです。



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