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『古事記』は地球問題の解答書
第2章/『古事記』の「唯神一元論」を科学的に証明する
4節/理論物理学者は、「生命・心の世界」と「時間空間世界」との境目を研究している

 平成30年・皇紀2678年11月6日
 うらしま たろう

 

4節 

理論物理学者は、「生命・心の世界」と
「時間空間世界」との境目を研究している

 


1)物質を分析して行くと、「揺らいでいる」

 物質世界を構成しているのは「原子」であると、科学者は観察しています。「原子」は「原子核」や「電子」で構成されています。その「原子核」をもっと分析すると「素粒子」が観察されますが、極微の「素粒子」の世界を観察してみると、小さな「粒」としては特定できなくなり、物質の本源が「揺らいでいる」ことが解ります。

 

2)現時点の科学では「物質世界の起源」は特定できていない

 マクロの世界を扱う「相対性理論」と、 ミクロの世界を扱う「量子力学」とは、矛盾を生ずると言われています。さらに、それら素粒子発生の根源の原理として、「超ヒモ理論」や「膜理論」等が考えられていますが、現時点における科学では、「物質世界の起源」を特定するに至っていません。

 

3)「物質の始原」は「振動」なのか?

 理論物理学者が、「物質の根源(始原)」を探れば探る程、物質としては特定できなくなり、「ぼやっとした、何かが振動しているような、波動のような世界である」と認識されて来ました。10次元「超ヒモ理論」、11次元「膜理論」などはまさにそれであって、最近では「無数の膜の世界の上で、ヒモのような何物かが振動している」と、一部の科学者は考えているようですが、それが何であるかは全く解っていません。

 

4)「時間空間以前の世界」は「非客観世界」であり「観察すること自体が不可能」

 素粒子を突き詰めて行きますと、何故ぼやっとした「振動」だけの世界に入り込むのでしょうか。その究極の原因として考えられる事は、「物質≠フ本質が無≠ナある」との仮説であります。「物質の根源」の世界に肉迫しようとすれば、「時間空間以前≠フ世界」を無理やり観測しようとするに等しい行為となると考えられます。もし「時間空間以前≠フ世界」(時間と空間が存在しない世界)があるとすれば、自他分離以前≠フ「非客観世界」であると考えられますので、「観察すること自体が不可能」になるでしょう。

 

5)「生命・心」と「時間空間世界」との境目の研究

 従って、その極微の物質発生の実体に迫る程、「ぼやけて観測し得なくなる」のは当然と言わねばなりません。つまり、「観測」の概念自体が成立し得なくなるからです。理論物理学者が今盛んに研究しようとしている世界は、「生命・心」と「時間空間世界」との境目の研究、ということが言えるのではないでしょうか。別の言葉で表現すれば、「非客観世界」と「客観世界」との間を繋ぐ世界とも言えます。

 

6)科学は「生命・心」と「物質」を包含する研究に向う

 理論物理学者による「物質の根源(始原)の世界」の解明の試みは、「生命・心の世界」を解明しようとしているとも言えると思います。しかし、その世界は「物質の法則」以前の世界ですから、「物質世界」を超越した、より高度な概念や法則を駆使しなければならない、とも考えられます。その研究は、「哲学」「宗教」「精神科学」「神霊学」「心」などの非科学的世界の研究に繋がると考えられます。ここに来て科学は、「物質」「非物質」「客観世界」「非客観世界」「主体」「客体」「観察」「認識」「生命」「死」「心」「存在」「非存在」「実在」「非実在」「時間空間」「今」「過去」を含めた整合性を持つ論理的研究に向かっていると考えられるのです。



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